11年前、西の空に見えたもの

車を運転している時に、FMラジオから流れてきたヘッドラインニュースで、ようやく「あれから11年」を思い出した。恥ずかしいけど、自分の中での風化は激しいな。
家の中こそメチャメチャになったけど、住んでる大阪市内はいつもの日常が始まろうとしてたし。大阪、名古屋、横浜を(当時はISDN回線で)繋いで、TV会議をやる日。自分の議題もあったんで、遅刻はできん。何となく電車内が空いてる気がしつつ会社に向かった。ビルのエレベーターホールについてボタンを押そうと手を伸ばして、びっくりした。エレベーターがいっこ(一台)も「動いてない」。悪態をついて階段を使い”36階”のフロアを目指した。「どうせこんな日にカギって、みんなバッチリ出勤してるんやろな、クソ、、、」。フロアのドアを開けたら、ほとんど人がおらん。PCや書類は乱暴にちらかしてあるし。それでもセッセと機器を繋いで、会議の準備をした。TV画面には、名古屋、横浜のメンバーが揃ってる。対して大阪側は自分一人。「なんで誰も居ないんだよぉ!?」と聞かれたけど、「さぁ、今朝地震あって電車遅れてるダケや思いますわ、、、」と曖昧に答えた。

”みんな何してんねん、早よ来いや。会議始まってしまうやんけ!”と腹立ちまぎれにブラインドの紐を思いっきり引いた。その時、窓に広がる西の光景を見てTV会議のマイクにポツリといいました。

「あのぉ、、、、神戸、全部燃えてますけど。」

追記:”ぼくらはみんな生きている”。子どもの頃は、なんの感情も持たずに歌ってた。大人になって、折に触れてこの歌を歌うと、鼻の奥がツンとなる時がある。これも一つの「生きてる証拠」やろな。